花葬里

生きたことを、忘れないで。

「真夜中のデートとしゃれこみましょう。」

  今年から、読んだ本の感想を残すことにした。

  そう決まって最初の本となるのは、今日読み終わったこの一冊だ:

 

  ・書名:『三途の川のおらんだ書房』

  ・作者:野村美月

  ・出版社:文春文庫

  ・縁結:2020.12.14 有隣堂(戸塚)

 

|諸々思い出。

 

  出勤先が戸塚になってから、今のところは三回有隣堂に寄っていた。

 

  そもそも面接の日に三十分も早く駅に着き、駅の栄えっぷりに驚いた。聞いたことも来たこともないところだから、まさかこの辺りではこんな賑やかなところがあるとは思いもしなかった。

  そしてすぐモディに気づき、書店を目指して一心に有隣堂に向けた。面接が終わった後もすぐ店に戻り、まずその場で気になった本を買って帰った。仕事の日も簡単に寄れることで、いつでも新しい本を買えると思うと、毎日の楽しみが増えた。そう、この世には、「そこにある」という事実だけで、人を幸せにできるものは存在するのだと、私は深く信じている。

 

  この本を読み始めたのは、年末年始にKTTさん家で泊まっていた時だった。出だしだけ読んで、妙に知っているような感じがすると思って確認したら、やはり読み終わったばかりのもう一冊の本とは同じ作者だった――野村美月

  古い名作なら作者目当てで買っているのと違って、新作はあまり作者を気にしていない。それでもこの名前に覚えがあり、何より、主人公が美青年であり、その美貌と雰囲気を描く文はすごく似ている。いずれ、以前読み終わった本についても何か覚えている限りの感想を残すつもりでブログを書くと思っているから、またその時に語ろう。

 

  ただ、それで気づいた。

  自分は同じ時期に求めるものが似ていて、そして似たような作品に惹かれるのだと。

 

|人生最後にして最上の一冊。

 

  話は六つある。

  どれも面白かった。そしてとても読みやすい。

  個人的に一番印象に残るのは、次の二つの話だ。

 

★真夜中のデートとしゃれこみましょう。

 

  第二話でこのセリフを目にしたとき、自分は心の中で喜びが爆発して、思わず声をあげてしまうところだった。そして、初めておらんだ屋を生の人間として認識し、その存在に情を移す時でもあった。

  当時の反応はただ単に乙女心を引き出され、ときめいたことは否定しない。ただその後、おらんだ屋が当時既に越野園絵の正体を確認済みで、さりげなく約束を果たす段階に移したことにもすごく感動した。想像力の乏しい自分でも楽しくて楽しくて仕方のないそのデートは、本当に憧れてしまうほど素晴らしかった。ページにある文字だけを読んでいても、頭の中に目の前にある光景の喜ばしさも、少女の笑い声の楽しさも、全部伝わってくる。

  最高なデートだった。

  そして、まさに依頼主が越野園絵にしてあげたいことを、完璧にこなした。

 

  結局、誰かに思われ、大事にされることに憧れている気持ちは否めないが、それでも今みたいに小説の話で心が満たされ、満足することを見直し、そしてこれで十分幸せだと、思えるのも事実だ。

  現実は冷たい。たった一回だけの楽しい思い出を残すためでも至難の業のように思える。仕事で睡眠すらまともに取れない日々、生き延びるだけでしんどくなる毎日、後悔せずに初心と理想を必死に胸に抱いて進む道。そんな中で、誰が、誰を、どうやって、幸せにできるのでしょうか。そもそもみんなは、自分以外の人間の本当の喜びを知ろうとしているのか。それとも、そう思った時点で貪欲すぎて非現実で他人からもたらす幸せを味わえる資格を失ってしまうのか。

  はっきり分かってのはこれだけだ――

  人間は、孤独な生き物だ。

 

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三途の川のおらんだ書房

 

 ★ほんみょう、かけ ふとんのすけ

 

  正直、第三話のお客様は四歳の幼児だと知って、作者が気長に子供の言葉や仕草を描き、おらんだ屋も普通に相手の望みを知ろうとする内容を読んでいるときに、少し面倒だなーと思ってしまった。こんな思いやりの欠片も持ち合わせていない自分に嫌気が差した。

  だからこそ作者に感心する。自分に到底できないことを心を込めて真面目にこなしたのだから。そして当時の自分は、この感想から読みだしたエピソードが、最終的にそんなふうに涙が止まらない結末を待っているとは、思わなかった。

  途中からは単に、初芝涙衣が可哀そうだと思った。けど、奪衣婆が暖かい服をくれて、おらんだ屋が自分のお金でお子様ランチをご馳走してくれて、店が欲しがった本を見つけて渡してくれて、三人でよみっこすることになって、なぜか、目が潤い、泣きたくないのに涙が湧いてくる。

  ああ、そうか。そうなのか。他愛もないことから感じ取る幸せこそ、一番感動的ではないのか。それが初芝涙衣の求める最上の願いで、最後の望みではないのか。それなのに私は…

  人の本当の喜びを知ろうとしていないのは、私だった。

  今までの小説で一体何を書いてきたのだ。そんなもので人の心を動かそうとするなんて、創作という行為の冒涜しか思えない…

 

  初芝涙衣の生い立ちを誰に重ねて心を痛めているのか、それとも自分の愚かさで今まで以上に自分のことが嫌いになったのか、胸が締め付けられて、途方もない気持ちの前に、ただひたすら椅子に座り込み、頭が何も考えられなくなっていた。

 

|終わりに。

 

   続編がなさそうだが、店のことをもっと知りたい。

  イバラくんに最終的に幸せになってほしい。

  おらんだ屋の正体も気になる。

 

  ご馳走様でした。

 

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