花葬里

生きたことを、忘れないで。

死と隣り合わせで答えを求める。

  最近読んでいた本に影響されているためか、いつの間にか、なんでも情報収集と分析で対応しようとする。多分この言い方も正確ではない。クリスマスからの作戦で、すでにこの思考回路になっていることは、気づいていた。

  それに、貪欲にただただ本を貪るのも嫌いではない。

 

 

|もし、涙を流してくれるならば。

 

  バレンタインの前日になっても、やはりゆうくんからの返信も連絡もなかった。予想とおりだ。片思いというのは、片方で完結すべきものだった。自分の思いを確かめて、プレゼントを用意して、それでおしまい。相手からの返信を必要とすれば迷惑になるから、これが一番きれいなやり方だ。

  そして気まぐれで、凛ちゃんと電話の約束をした。

 

  時間は具体的に指定してもらったから、それに合わせて待っていたが、自分の予想外に、凛ちゃんは私より緊張していた。初めての電話だから、もちろん私も楽しみにしているが、ゆうくんの時のトラウマのためか、私はあえて今回の電話の長さを15分に指定して、自分のやりすぎる可能性も、凛ちゃんが重く感じる可能性も、すべて最初から殺しておきたかったからだ。なので自分は逆に楽に臨むことができたが、どうやら凛ちゃんはそれでも落ち着けなかったようだ。

  話の内容は予想とおり、気楽なたわいのない話題だった。そして、自分がみんなの前でよく自分の日常生活の話をする理由を軽く説明した。一人で日本にいて、あまり家族と連絡しなくて、こういう話をする機会もなくて、ついてその場で話してしまう、とか。自分にとって当たり前のことだし、特になんとも思っていなかった。そして『アムリタ』を歌った。

  あらかじめ歌は下手だと説明しておいたが、やはり凛ちゃんの反応が気になって、曲が終わって向こうの様子をうかがっていたら、凛ちゃんが、その場で、泣いていた。

  思い上がりで、もしかしてバレンタイン着前に少し付き合いのある女の子から歌をもらって嬉しかったのかな。ひょっとして感動したのかな。へたくそな歌から私の気持ちを受け取って喜んでくれているのかな。などと、色々推測してみた。

  けど、凛ちゃんはこう言った。「ごめんなさい、あなたが一人でそんな遠いところにいて、苦労して生きていると思うと悲しくて…私ったら、本当に泣き虫なんだから、ごめん」と。

 

  なんだろう。

  感動すべきだと思ったが、当時はただただ驚いて、困っていた。

  私は決して憐れに思われたいから家族との不仲を暴露しているわけではない。決して凛ちゃんに心配になってもらうために自分の話をしたわけではない。決して凛ちゃんを泣かせるためにバレンタインの電話をしているわけでは、断じてないのに。

  私は戸惑っていて、今はもう落ち着いたから日本に来る前よりずっといい生活を送っているからこれから絶対だんだん良くなっていくからもうあの日々よりつらい生活なんてないからと、必死に凛ちゃんの不安を追い払おうとした。

  なんでだろう。すごく重いことを口にしている気がするが、心は少しも動揺しない。ただ当たり前のことを述べて、目の前の出来事を解決しようとしているような思考しか持っていなかった。嬉しくも悲しくもない、ただ電話の向こうの子を悲しみから引き出したいと思った。

 

  けど、その時私はたぶん、ほっとしたと思う。

  今まで心に貯めこんだ毒が限界を超えると、必ずきかっけを見つけて、あるいは作ってまで涙を流して、その毒を薄めて流そうとしていた。そうやって生き延びてきた。

  だけど、今は目の前にもう一人の魂が私の代わりに泣いてくれている。それだけで、ああそうか、それなら私の分の涙はもう流したし、心は少しきれいになったから、これでもう少し生きていられるね、と思えた。

  吉本ばななさんの死によって大切な物を失う傷を、細胞から血肉を再構築するという方法以外に、私は初めて生身の人間から、「癒し」という効果を体験した。

 

  ありがとう。

 

 

|助けを求める方法の一つ。

 

  火曜日に、何気なく、つい陰陽師日本サーバ―の皆さまに挨拶をして、ゲームを削除しました。

  思ったより私のことを気にかけてくれる仲間は多かった。日々の逢魔が時ですらオンラインできない幽霊メンバーをやめたいと告げたら、みんなは、気になくていいと言ってくれた。

 

  さよならを言いに来る割にはあまり恰好のいいやり方ではないが、同人を作るために日本サーバ―でアカウントを作って素材を集めていたが今はもう諦めるつもりだと言ったら、「創作活動頑張ってください」と言ってくれた人がいた。

  その時の感激は言葉では表せなかった。

  何年も続いてきたこの趣味について、初めて創作活動と呼んでもらえた。

  決して大したことをしているわけではない。自分にとっては面白くてやめられないことでも、他人から見ればあじけないことが多いでしょう。それでも去る間際の私に、こんなありがたい言葉をくれて、皆さんは本当に優しい人だった。

 

   本当は、素材集めのただのカモフラージュだったのだ。

  日本に来て半年が過ぎて作ったアカウントは本当は、この国で友達を作りたかったのだ。仕事はあまりにもきつくて、世界との関わりを完全に失って不安だったんだ。それでも、ゲームをまともにやっていないからか、気にかけてくれる人はいたが、とても友達になれるような状況を作れ出せなかった。むしろ、これだけの行動で作れるわけがなかった。

  多分、最初から自分を騙したに過ぎない行為だった。

  もう、この土地で永遠に独りぼっちになっても構わないのかもしれない。

 

  それでも、皆さんの優しさに感謝している。

  今までありがとう。さようなら。

 

 

|まだ生きていてよかったと、思わせるもの。

 

  何年前からかな、別に命を終わらせようとしているわけではないけど、それでも、もしいつか死を前にしたら、私はどんな理由で「生きたい」と思うのかについて、考えてみた。

  あの時は物語シリーズに夢中で、言葉遊びが得意な西尾さんに憧れて、飽きずに何度も何度もあの会話で成り立つ物語を聞いていた。そこから感じる言葉の面白さ、初めて知る解釈にドキドキする気持ち、何よりの快楽を、私は知ってしまって、それを求めずにいられなくなって、それのためにでも絶対生きていきたいと思った。

  そして今はあまり変わっていない。

  私に生きる理由をくれたものは以前に劣らずずっと力をくれていた。

 

  昨日の退勤直前に作業をもらって、リーダーと二人で必死に当日中に何とかしようとして、黙々と残業していた。ずっと繰り返している操作で痛くなってくる手首を構わず、頭の一部は低く流している曲の歌詞を気にしていた。ただそうやって気持ちを込めて作った作品がそこにあるだけだけど、それらの輝きを、私というちっぽけな存在のところに届いてくれていることに、なんだか尊い感じがしてきた。

 

  世界は美しい。

  それを知るためでも、私はまだあきらめてはならない。

 

 

|この生の結末は、どんな形になるだろうか。

 

  多分、すべてを答えてくれるような解答は存在しないのだろう。

  いくら頑張って生きて、必死に考えても、そんな救いは、ないのだ。

  ただ、流れゆくときに思い出を刻んで、他人が残してくれた思いと世界との繋がりから、少しずつ解消していくしかないと思う。

  そのために今よりもう少しの時間が必要だ。

  だからもう少し生きよう。

 

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