花葬里

生きたことを、忘れないで。

強くでいて。でい続ける。

  何事もない。こういった時期を感謝すべきだと思う。

  何かの死に追いやる差し迫った課題がないのは、迷いがちになるが、それでも無心に書物に宿る物語と心を求めるのも、十分幸せだ。

 

 

|私を、選んだ欲しかった。

 

  先週水曜日の夜に、ウェブログで、ある投稿がタイムラインに現れた。

  ある人の遺書だった。

  母親の罵倒にまみれて生活し、無理やりお見合いに連れられ、大切にしてくれる仲間のいるゲームのゲーム機が壊され、自ら命を絶つことでこの状況から解放されたいと思った人が書いたものだった。

  悲しみに打ちのめされながら必死にコメントを書いて、まだまだ人生を自分の手に奪い返す手段はあるから今はあきらめないでと伝えたかった。わかってほしかった。

  けどそのうちすぐ気づいた。コメントリストにある公安局の「間に合わなかった…」というメッセージを。

  一瞬、何が砕かれた音がした。

 

  パソコンの前に座ったまま何かを振り払うように泣いていた。

  けど、心臓から伝わってくる苦しさとどうしても止められない涙の原因がわからなかった。

  純粋に命が惜しかったから?他人の命だけど。

  何もしてあげられなかったから?コメントが間に合っても見てくれるかどうか。

  見覚えのある家庭の事情に同情して、可哀そうだと思ったから?

 

  多分、それに近い。

  あの子の絶望は本物であることは、私は知っている。

  そのうえ、その絶望から逃れる手段と実績を、私も持っている。

  だから、希望を知ってほしい。当時の私のように行動してほしい。親の罪に与えるべき罰を自分に与えるのをやめてほしい。未来を…私を、選んでほしい!

 

  と、こんな生意気なことを考えながら私は、七年前自分の向かう先を決める時のことを思い出した。考え方によっては、当時の自分も世界とさよならを言うことにしたのかもしれない。だけど、未来を思い描くとき、私の頭の中にはただ一度も、命の可能性をあきらめた発想はなかった。私は、犠牲を惜しまなければ、叶えないことはないと、今から見れば驚くほどの自信を、当時は持っていた。

  だから、同じ境遇に遭っている人が、昔の自分のように思えて、なんとしても自分と同じような道を歩いてもらいたかった。七年前自分が助かったように、この子も助けてあげたら、その時の自分も救われたように思える。

  だけど、この子のために何もできなかった。救えなかった。声すら届かなかった。差し伸べようとする手をあげる機会さえなかった。まるで――

  ――まるで、あの時の自分が、別の道、死の未来を選んだように。

  ――今の自分を裏切ったように。

 

  ごめんなさい。

  私はまだ強くはなかった。

  君の力になれるほど強くはなかった。

  だから。

  私も一緒に行く。

  あの時の自分は、君のそばで、何回も、死んであげる――

  どうか、とわの自由を君の手に。

 

 

|海とともに最後で最高の夢を見る。

 

  前述した遺書に私が残したコメントに、リプライしてくれる人がいた。

  そして聞かれた。

  『心が痛む。でもうまく言葉で表現できない。わからないの、この世界は本当にそんなひどいところなの…?』

 

  私は晩ご飯とシャワーとゲームをやっていながら、三時間ほど考えた。

  そしてこの気持ちを説明するために、自分が考え出したこんな物語を語った。

 

  「君は海辺で遊んでいた。

  砂浜にある魚の骨や貝殻を使って、星空を組み立てるのが好きだった。

  きれいな月と、輝く星。

  君にとって、それらは世界中一番美しいものだった。

  海辺で過ごすこの時間が、幸せだった。

 

  だけど、こんな時に、いつも誰かがプンプンしてやってくる。

  君が大事にしてある月と星を叩き落して、山に帰ると命令してくる。

  君の星空はばらばらになって、足元に散らばった。

 

  指さされた方向を見ると、焼き払われた山が目に入った。

  溶岩に焼かれた樹木は倒れて、住民と見える死体が埋まっていた。

  目の前の人でさえ、その手は骨を隠しきれていない皮は樹木と同じ色をしていた。

  顔も歪んで、もう誰なんだか分かれなくなったほどだ。

 

  振り替えてみれば、日に日に枯渇していくその大好きな海ももうすぐ完全に枯れてしまう。

  低く広がっている空は真っ暗で、前回星空を見たのはもうずっと昔のことだった。

  それでも魚たちは今でも必死に生きようとしていたのだ。

 

  だから。

  この夢は、最後まで一緒に見ようと、君は思った。

  そして999回目壊された一本の魚の骨を拾い上げて、手首を切った。

 

  これで、自由になる。

  これからはずっと、一緒にいよう。」

 

  昨日、KTTさんと丸善書店へ行った。

  この話をKTTさんにもした。

 

  「わからない人には、この物語を聞いてもわからないと思うよ。」とのコメントだった。

  確かにその通りだ。まったく余計なお世話だった。

 

 

|簡単に流れてしまう、命の脆さ。

 

  木曜日の寝る直前に、本棚の本を整理したら、指を切った。

  本のページの紙で、スーッと。

  傷で血を流したのは、19年年末の三回連続転び以来かも。

 

  家に消毒水も絆創膏もなく、時間も遅いから、一旦ティッシュで血を止めようとした。

  でも、なかなかやめてくれなかった。

  そのうちだんだん痛くなってきた。

 

  そして思い出した。

  体が弱いということは、単にあまり腕力がないとか長く走れないとかということではなく、それは、一度けがをしたり病気になったりしたら、治りが普通より遅いということも意味する。だからコロナにかかって、年寄より若者のほうが大抵無事に済ませた大きな理由だった。

  そんなことを、その時のリーダーが教えてくれたんだっけ。

 

  目の前の血の流れを眺めて、まったくその通りだと思った。

  傷はそんなに深くはないのに、まるでふるさとを求めるように、血液はためらい一つもなく流れ出していく。

  次の日も、障害の調査で一日中リーダーとスカイプでやり取りをしてたら、ケガした指先がどうしようもなく痛くなってきて、タイピング自体が辛かった。挙句の果て、七時頃にようやく我慢できずに、ドラッグストアに言ってくるから今日はこれで上がると言ってさっさと絆創膏を買いに出かけた。

 

  みっともない。

 

 

|いつか、何も感じ取れなくなる時。

 

  一月の時よりずっとよくなったが、やはりよく悪夢から目覚めてしまう。

  殺人鬼の生贄にされて、逃れられるはずのない夢。

  妹とショッピングに出かけて、ヤクザに追われて殺されそうになる夢。

  知っている限りの方法を試して必死に目覚めようとするすべての夢。

  何度も何度も自分が繰り返して死んでいく夢。

  目が覚めてから、今日は何曜日なのか今は何時なのか私はどこにいて何をすべきかを、時間をかけてようやく思い出せるほどだった。

 

  悪夢に影響されない心持を、教えてほしい。

 

  新しい一日さえ始めることができたら、悪い夢から目覚めても気にしない。

  どうせ、多分、あんな悪い夢を見なくなる方法は、存在しないから。

  そうだよね、先生?

 

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丸善で見かけた、この前買った絵本シリーズ――乙女の本棚。